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歴史とともに
22th Azerbaijan Tour Etape 5
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4月25日 絶対なんてなくなくな〜い?
4月1日 自分で考える
2月23日 車輪の上
1月28日 2005年を闘う選手たち
12月22日Give & Take
11月26日“学んだこと”
10月29日“エリート1年目の生活”
9月24日“桃源郷”
8月25日号“U23 最後の全日本”
6月23日号“ROUTINE(ルーティーン)”
5月27日号“生きがい”
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短くも長かった、四年間を振り返ってみて人に恵まれ、運に恵まれ、なにより仲間に恵まれたことを強く感じる。

僕のキャリアの中で、これほど助けられ励まされてきた経験はいまだかつて無いだろう。

何の実績もない僕を抜擢してチームに迎え入れてくれた、栗村監督。

その決断を、受け入れてくれた元木マネージャー。

二人の存在なくして、マッサージャー・森川健一郎は存在しない。

いつも自分の為に、やることが必ずチームの為になることだと信じてここまでやってきた。

自分が大きくなるには何が必要か? 自分が強くなるには何が足りないか?

チームオーダーは、選手にあっても、スタッフに求められるものは、確かな技術と正しい知識。

そんな中で楽しくも苦しい四年間であったように思う。

思い起こせば、自転車チームでの活動がしたくて栗村監督に電子メールをしたのがきっかけでした。

遅い自転車チームデビューでした。

これまでたくさんの選手にかかわり、たくさんの遠征で様々な監督の下で仕事ができる幸せを感じながらの四年間だったとも言えます。

今はただただ、仕事をさせてもらった宮田工業の方々、そして先にも述べましたが、元木マネージャー・栗村監督には「ありがとうございます。」の言葉しかありません。

そして、僕をチームの一員として迎え入れてくれたすべての選手にありがとうを送りたいと思います。

これで、僕の自転車人生が終わる訳ではありませんが、マッサー森川を形作る上で最も重要な、そして大切な時間であったと自信を持って言える四年間です。

僕が、宮田工業自転車競技部時代からの伝統と実績の中で、チームとともに闘ったことは、長い歴史の中のほんの一コマにすぎないのです。

ですが、確かにその現場で「ミヤタ」が輝いた瞬間を瞼に焼き付けている一人として、ジャージの色が変わろうとも、闘いの舞台が変わろうとも、確かに「ミヤタ」と言うチャレンジしつづけたチームがあった事を語り継ぎたいと思います。

チャレンジしつづけた誇りがあり、チャレンジしつづけるチームを支えた「ひとりひとりのミヤタ」の存在を。決して忘れないと思います。

モノづくりのミヤタの、クラフトマンシップは製品だけでなく、チーム作り、人作りにも脈々と生き続けていくと信じて、最後までミヤタの一員としての役割を、胸を張って全うしたい。心からそう思います。

クラフトマンシップのミヤタの新たなチャレンジへのプロローグがはじまったばかりなんです。きっと。立ち止まらず前に前に、進んで行こう。ライバル達の息遣いは、いつもそこで聞こえているから。僕達のデットヒートは、まだ終わらない。

 

プロフィール

森川健一郎 氏

柔道整復師
国家資格である柔道整復師の免許を持ち、自らもホビーレースを走る行動派マッサージャー。
 
タイヤは・・・
03年からPanaracerとパートナーを組む
「MIYATA SUBARU レーシングチーム」。
使用するタイヤは
Panaracerストラディアス エクストリーム バリアントEVO2」。

ミヤタスバルレーシングチーム
HP

www.miyata-subaru.com

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