| どうして、ヤツらは走るのだ?
雨の日も、風の日も、故障していても、熱を出していても、彼らはレースがあれば、スタートラインに立つ。高山でも、砂漠でも、熱帯でも、嫌な上りが含まれた気が遠くなるほどの周回でも、コースが定められれば、彼らはレースを展開する。ツール・ド・台湾には、3145m地点がゴールという、とんでもないステージが含まれているのだが、それを知りながら「行きたいです」と返事をする選手に、思わず、アタマがおかしいのではないかと、何度も本気かと聞いてしまった。
選手に走る理由を聞いても、明確な答えが返ってきたことがない。ただ、皆、口を揃えて「レースでなければ、こんな距離走りたくない」と言う。
自転車とは不思議なもので、趣味のイベントであっても、参加をすれば、そこそこの苦しみが待っている。何が悲しくて、参加料を払って辛い思いをしなくてはいけないのか….とも思うが、苦しみがある分だけ、なし終えた後には、どっしりとした充実感が得られるようだ。参加した皆さんは、終了後、子供のように無防備な笑顔を浮かべている。
そして、私たちは、なぜスタッフをやっているのだろう。他に、もっと条件の良い沢山の選択肢があるはずなのに。どうしてこんなことしてるの? ここに何があるの? 何が狙いなの?
何回聞かれたかわからない。実は、これは私自身にとっても、うまく答えることのできない難問なのだ。
今年は、何か日本の自転車界を変える一歩を、と、もがいた1年だった。遠くの夢と目の前の作業に追われ、関わる人々のそれぞれの思惑の中を、右往左往した。悩み、立ちすくんでは、目を覚まさせられ…また進み、立ち止まり…1年をかけて、私はいったい何歩進むことができたのだろうか。
ひと通りの関係者、関係機関に出会い、新鮮な感動が薄れて来る時期でもあり、こなしきれない庶務と見通せない未来に、目の下のクマと、眉間のしわと、ため息が増えて行った。
それでも、期待に応えようと歯を食いしばって苦しいレースに挑む選手を見れば、性懲りもなく感動するし、くじけながらも夢を持って上を目指す若い選手の姿を見ると、何かしなくてはならない、と思わされる。
チームカーから、路上から、すぐそばで接するレース中の選手。カラダから放つ気迫に、いまだに息を飲んでしまう。やっぱり、真剣にレースに挑む選手は、文句なくかっこいいと思う。それは、理屈ではなくて、…理論、お手上げ状態である。
世界へ向かう橋がいくつもかかり、有望な若手活躍のニュースも沢山飛び込んできた今年。このまま進めば、日本自転車界の未来は、決して暗くない。
辛くても、選手がやめられない「自転車レース」の魅力
私たちが離れられない「レースと選手」の魅力
皆が子供の笑顔に戻る「自転車」の魅力
来期は、もう少し伝播に勤しんでみようか。たとえ理由が説明できなくても。
できることなら、自分自身も楽しみながら、この世界を広げて行きたい。自分が楽しめないものの良さを、他人にわかってもらえるはずはないのだから。
4年ごとに節目が訪れる私の人生。来期は「何かが起こる」節目の年だ。自転車に出会い4年を経て、私は何か、スタンスを変えるのかもしれない、と、今、漠然と思う。
ミヤタ・スバルも、4シーズン目に突入する。
さて、何を始めようか?
とりあえず「自転車」は、私の中にどっかりと住みついてしまっているようだ。
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