以前のコラムに掲載したが、僕はミヤタ-スバル1年目に練習中のケガによりシーズンの大半を棒に振った。理由はどうあれ、期待がある中で何も結果が出せなかったので普通なら2年目の契約更新はなかったところだが、来シーズンへの復活の意気込みが監督に伝わり2年目もミヤタで活動させてもらった。
そんなこともあり昨年は、空白の1年間を取り返す意味も含めてかなりがんばって取り組んだ。
若いときのように乗り込む距離は減っても、たくさんの制約がある中での活動は今までの競技生活の中では一番のシーズンだった。
ナカガワ時代に出損なった“ツアー・オブ・ジャパン”、再度出たかった“ツール・ド・北海道”にも出場することができたので、普通ならまずまずの成功だったが、これがミヤタに居ると訳が違う。
ここらのレベルになると一生懸命がんばることは当たり前のことで、結果を出せないことや走れないことはきつい言い方をすれば失格にあたる。
しかし、活躍できる選手なんてほんの一握りで大半の選手は負け続けていつか必ず勝ちたいと思い続けて走っている。
僕も同じで、実業団3勝をあげた全盛期以上の力を手に入れることを目標に今も走り続けていたが、昨シーズンが終了した時点でシーズン中休みなく突っ走ったストレスが一気に押し寄せて今年を迎えるオフシーズンは思うように自転車に乗れなかった。
そして、2006シーズンを迎え、練習不足に加えて職場の配置転換も加わり、全く競技生活のことが考えられなくなり、かなり精神的に不安定な日々を送った。
こんな気持ちで活動を続け、ミヤタをはじめたくさんの応援を頂くことがすごく重荷に感じ、一時は自転車をもうやめようかと思った。
もう苦しくて4月のある日に監督に気持ちを伝えた。
監督の話は「今年はさいわい自分が居なくても若い選手ががんばっており、チームも良く機能しているので、あまりプレッシャーを感じずマイペースに取り組んでくれればいい」という内容だった。
その言葉に甘えてもいられなかったが、正直少し救われた気分だった。
完全に気持ちの整理ができないまま数日後の東日本実業団に出場した。
言うまでもなく散々な結果だったが、レースに出たことで自分自身完全に吹っ切れたことが大きな収穫だった。
環境が変わったことで例年のような活動はできなくなったが、フルタイムワーカーなら当たり前のこと。
今までが恵まれていただけのこと。
これからが本当に真価が問われるところだと思っている。
現在レースではやっと最低レベルで走れるところまでは戻ってきたので、シーズン終盤の秋には勝負できるところまで仕上げたいと思っている。
いまだにミヤタには恩返しできていない。
このまま中途半端に終わっていくか、また盛り返すかは自分の気持ち次第だ。