パナレーサー
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歴史とともに
22th Azerbaijan Tour Etape 5
All for One, One for All
出来る日が来ると信じて・・・
優勝
モトコップ
ツールド熊野
実業団のレース
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「タイムトライアル」
「楽し苦しく by 増田成幸」
「原点回帰〜」
長かったようで短かった2年間
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チームとともに…
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2006年を闘う選手達
世代を超えて
説けない謎、解けない魅力
三年間の想い

ふたたび北の大地へ

自分探しの度
「限界」との闘い
良い環境と見えない責任
心機一転
4月25日 絶対なんてなくなくな〜い?
4月1日 自分で考える
2月23日 車輪の上
1月28日 2005年を闘う選手たち
12月22日Give & Take
11月26日“学んだこと”
10月29日“エリート1年目の生活”
9月24日“桃源郷”
8月25日号“U23 最後の全日本”
6月23日号“ROUTINE(ルーティーン)”
5月27日号“生きがい”
4月号以前 >>

2006年、ロードレースを始めて3年目の自分が国内最大のステージレース「ツアーオブジャパン」に出場できるチャンスに恵まれました。

自分は前の年まで学生連盟で走っていて、ステージレースの経験も無し。実業団のBR-1で走ったこともありませんでした(当時BR-2)。
そして、この年のスケジュールは「3DAY熊野」が「ツアーオブジャパン(以下TOJ)」の後に組み込まれており、ホントに初ステージレースがTOJになってしまったのです。

TOJは1チーム6人編成ですが、当時所属のチーム「YOUCAN」ではメンバーが8人。
実績も無く、いきなり「チームに入れてください」とやって来た自分が、TOJに出させてもらえるとは思っていませんでした。
しかし、メンバー選考のためのタイムトライアルでいい結果だったのでメンバーに選んでもらいました。

レースの方はというと元気だったのは大阪ステージのみで、その後は毎日のように集団の後方で我慢するだけでした。
だけど毎ステージ、日本のレースとは思えないくらい沿道からの声援がすごかったです。
大阪、堺の繁華街をつらぬくコースは一番の観衆の多さでした。
奈良は東大寺スタートで、「あ〜、中学の時の修学旅行以来だな」なんてのんきに考えていたらめちゃめちゃきついコースでした。
飯田は街の盛り上がりがすごく子供たちの新鮮な反応がとても印象的で、山岳ステージでは唯一走りきったコースでした。
富士山、あざみラインは初めてだったけどひたすらきつかった。でも雨の中をずぶぬれになりながらの応援、ホントに力になりました。
伊豆もきつかった。でもCSCの出口で大学自転車部や他大学の知人が応援してくれて、なんとか伊豆スカイラインを走れた。
東京ではYOUCANのクラブ員の方々が自走で応援に駆けつけてくれました。他にも「YOUCANがんばれー!」って言ってくれた方、レース中もよく聞こえました。
レースは苦しかったけど、応援のおかげでぎりぎりまでがんばれたと思います。
だけど、こんなチャンスをもらいたくさん応援して頂いたのに、まったく走れなかった自分が不甲斐なかったです。

今年はチームミヤタに移籍して大きなレースを走るチャンスがたくさんあると思います。
そのようなチャンスを確実に活かして活躍することが今後の自分に課せられた課題だと思います。

プロフィール

鈴木 譲 選手

可能性を秘める若手ライダー(新加入)
'07年から新たにチームに加入した学生ライダー。実業団レースに参戦してまだわずか1年足らずだが、既に「BR-1」カテゴリーで走る実力を身に付けている。同世代の選手が多く在籍するチームミヤタの環境は、彼の力を高めていくだろう。山下や福田と共に、U23のレースで勝利を狙う。
 
タイヤは・・・
03年からPanaracerとパートナーを組む
「MIYATA SUBARU レーシングチーム」。
使用するタイヤは
Panaracerストラディアス エクストリーム バリアントEVO2」。

ミヤタスバルレーシングチーム
HP

www.miyata-subaru.com