パナレーサー
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歴史とともに
22th Azerbaijan Tour Etape 5
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1月28日 2005年を闘う選手たち
12月22日Give & Take
11月26日“学んだこと”
10月29日“エリート1年目の生活”
9月24日“桃源郷”
8月25日号“U23 最後の全日本”
6月23日号“ROUTINE(ルーティーン)”
5月27日号“生きがい”
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今年のツール・ド・熊野を走り、チームの作戦や流れ、思った事を語りたいと思います。
レース前日のミーティングで、エースは増田選手、Jツアートップの柿沼選手と僕が第2エースで走る事に決まった。
増田は大舞台で初のエース。山岳もこなせて平地でのスピード持続力はトップクラスだ。
ただスプリント力がない為、1人逃げで勝つしかない。
柿沼選手と増田選手を含む逃げを作る攻撃。
僕はスプリントに備える走りだ。そして、中村、鈴木譲、福田の3選手はアシストへ回る。

レースは3日間で争われ、初日に増田選手がパンクし、鈴木譲選手がアシストで待ち2人で脱落。
ラストスプリントで僕の発射台としてアシストするはずだった福田が落車。
集団で何もできず結局、そのままゴールへ。
中村選手のアシストでなんとか優勝できた。
「スプリントになったらこうしてくれ」と伝えてたあった通りにアシストをしてくれた結果だった。
久々にスプリントで優勝する喜びを思い出した。

第2ステージの熊野山岳コースでは、チーム皆でリーダージャージを守り、しかもステージ優勝も取る事ができた。
2連勝はやはり嬉しいし、チームメイトが居なかったら勝てなかった。
皆が僕をアシストしてくれた結果、優勝出来たと皆に示せた事がよかった。

そして最終日、結果から言うと、昨年同様の逆転負け。
しかし、昨年とは負け方が違う。
昨年は後半、チームメイトがいなくなり散々の目にあった。
今回は最終回まで柿沼、中村、増田選手が僕を守り続けて助けてくれた。
これは前半の仕事をしっかりとこなした、鈴木譲と福田のアシストのお陰だ。

負けは負けだが、最終回までチームミヤタがレースをコントロールし、
しかも、ラスト3周は後ろについてるだけでもキツいペースでレースをコントロールできた。
これがチームミヤタにとって大きな収穫だと思う。
相手チームに少し強い所を見せれたと感じる。
あとは、作戦を早め早めに対処していけば優勝できたかもしれない。

攻撃をしてきたアイサンも良いチームだなと思った。
レースを盛り上げていくうえで攻撃こそ見所だ。
僕はアイサンの波状攻撃に耐えられなくなり盛&西谷選手を逃がしてしまった。
ここが一番の失敗。
TTの強い2人と飯島選手まで逃がしたのは、今思うとかなり勇気ある決断だったかな。

それにしても今年はチーム環境が良い。
皆が切磋琢磨して頑張っていける環境で、僕も若手に負けないよう頑張っていける。
去年から比べ、皆強くなっている事を実感できるのはたぶん自分だけではないと思う。
更なる飛躍に向けて練習を重ね、チームが拡大していけるよう頑張りたいと思います。

プロフィール

鈴木 真理 選手

アテネ五輪日本代表
アジア&全日本チャンプという主要タイトルを獲得してきた日本を代表するレーサー。登板力とスプリント力を高い次元で兼ね備えた万能タイプで、あらゆる形態のレースで優勝を狙える。'06年は新たに始まった「J-Tour」の年間タイトルを獲り、見事初代王者に輝いた。'07年もエースを務める。
 
タイヤは・・・
03年からPanaracerとパートナーを組む
「MIYATA SUBARU レーシングチーム」。
使用するタイヤは
Panaracerストラディアス エクストリーム バリアントEVO2」。

ミヤタスバルレーシングチーム
HP

www.miyata-subaru.com