パナレーサー
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22th Azerbaijan Tour Etape 5
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9月24日“桃源郷”
8月25日号“U23 最後の全日本”
6月23日号“ROUTINE(ルーティーン)”
5月27日号“生きがい”
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2007年のツールド北海道が終わりました。
ツールド北海道は、そのステージの殆どがラインレースなので、周回レースでは味わうことの出来ないロードレースの醍醐味があります。 しかも、走り抜けるのは雄大な自然の中。僕が国内で一番好きなレースです。

去年は真理さんの総合優勝をかけて懸命にアシストしたけれど、今年の真理さんはアジア選手権から直接北海道入りしたため、調子が芳しくない。
更に、柿沼さんや中村さんも調子を落としていたので、自分自身は自由に走らせてもらうことができ、山岳コースではエースも任されました。

最も印象に残っているのは第5ステージ。
この日の朝は、大会期間中で最も脚が軽く感じられて『今日こそは行ける!』と思いました。
団体総合1位の座も守りたいが、ミーティングをした結果『攻めの走りをしよう!』と、全員が心に決めて、勝負を自分に託してくれました。

先ずはスタートしてすぐにある、大会最難関のオロフレ峠で攻撃開始。
集団をペースアップした後、上りが得意な数名の選手と一緒に、ニッポ梅丹のコントロールするメイン集団から抜け出しを図る。
それでもまだ残りの距離が長いからか、抜け出そうとするグループのペースがうまく上がらない…。
『これじゃすぐに捕まってしまう』そんな風に、内心焦ってしまいました。
レース中に焦って得なことは、何一つ無い。
霧に包まれた頂上付近で、先行する柿沼さんのグループと合流し積極的に先頭を引き続けるも、後続との差を広げることが出来ずに、結局平坦区間で集団に吸収されました。

この時点でミヤタは、柿沼さんと僕の2人だけだったけれども、チームみんなのために何とかしなければと強く思った。そうでなければ、第4ステージで自らを犠牲にして引き倒した中村さんや、上りでペースを上げてくれた真理さんの走りが、無駄になってしまうから。

そういえば、第4ステージで中村さんと柿沼さんが、僕のために集団のペースを上げてくれた時は、感動して涙が出そうになったっけ。
そんなのレースでは当たり前? でも、自分はジーンときた。『あとは俺に任せてくれ!』そんな気持ちにさせられると共に、闘争心が湧いてきたものです。

残された区間で自分の力をうまく発揮できるのは、ゴール20km手前の最後の上り。
ここに勝負をかけました。が、この最後の上りに入る前のホットスポットで、オーストラリアとドイツにアタックを決められてしまう。
一瞬気が緩み、消極的になったところで行かれてしまいました。

最後の上りに差し掛かる頃には、先頭2名とのタイム差は50秒に。
今思うと、登り口から一気にペースを上げなければ捕まえることの出来ないタイム差だったな…。
それなのに僕は、誰かが一発目のアタックを仕掛けるのを待っていたのです。カウンターアタックで一気に決めたかったから。
しかし、峠の半分近くを消化しても、誰も攻撃に出る選手はいませんでした。

結局、しびれを切らした自分のアタックが、最初の攻撃となりそのまま、リーダージャージ新城選手・シマノ土井選手・イラン・自分の4人で追撃グループを形成。
大事な局面で消極的にならずに、勇気を持ってアタックするべきだったと後悔しています。

自分のために走ってくれたチームの皆のために、何としても前2人に追いつき、ステージ優勝したかった。
4人で回していけば必ず前に追いつくと思ったけれど、なかなかうまくローテーションが出来ず、ペースも中途半端。
前との差は縮まらずに、ゴールまで残り10kmを切ったところではメイングループに吸収されてしまいました。

先頭2名にはゴールまで逃げ切られ、後続グループは3位争いのスプリントへ。 スプリントの苦手な僕は11位。

チームの願いを成就することが出来ず、悔しかった。
自分の無力さを痛感しました。

ただ、何も収穫が無かったわけではないのです。
攻める中で多くのことを経験し、学びました。
僕たち選手は成長し続けます。

今年一杯で、チームミヤタは解散する。
残された時間はあとわずか。
この素晴らしいチームが有終の美を飾ることができるように、そしてもちろん自分自身のためにも、レースある限り挑戦し続けて行きたい。

プロフィール

増田成幸 選手

人力飛行日本記録保持者
日大在学中で、人力飛行機のパイロットとしても活躍した異色の経歴を持つ若手選手。'06年最も成長したライダーであり、実力が問われる厳しいコースでは幾度となくトップ集団に食らいついた。また、日本代表としてのレースも経験し、その登板力を発揮して外国勢と互角の走りを見せた。
 
タイヤは・・・
03年からPanaracerとパートナーを組む
「MIYATA SUBARU レーシングチーム」。
使用するタイヤは
Panaracerストラディアス エクストリーム バリアントEVO2」。

ミヤタスバルレーシングチーム
HP

www.miyata-subaru.com