2007年のツールド北海道が終わりました。
ツールド北海道は、そのステージの殆どがラインレースなので、周回レースでは味わうことの出来ないロードレースの醍醐味があります。
しかも、走り抜けるのは雄大な自然の中。僕が国内で一番好きなレースです。
去年は真理さんの総合優勝をかけて懸命にアシストしたけれど、今年の真理さんはアジア選手権から直接北海道入りしたため、調子が芳しくない。
更に、柿沼さんや中村さんも調子を落としていたので、自分自身は自由に走らせてもらうことができ、山岳コースではエースも任されました。
最も印象に残っているのは第5ステージ。
この日の朝は、大会期間中で最も脚が軽く感じられて『今日こそは行ける!』と思いました。
団体総合1位の座も守りたいが、ミーティングをした結果『攻めの走りをしよう!』と、全員が心に決めて、勝負を自分に託してくれました。
先ずはスタートしてすぐにある、大会最難関のオロフレ峠で攻撃開始。
集団をペースアップした後、上りが得意な数名の選手と一緒に、ニッポ梅丹のコントロールするメイン集団から抜け出しを図る。
それでもまだ残りの距離が長いからか、抜け出そうとするグループのペースがうまく上がらない…。
『これじゃすぐに捕まってしまう』そんな風に、内心焦ってしまいました。
レース中に焦って得なことは、何一つ無い。
霧に包まれた頂上付近で、先行する柿沼さんのグループと合流し積極的に先頭を引き続けるも、後続との差を広げることが出来ずに、結局平坦区間で集団に吸収されました。
この時点でミヤタは、柿沼さんと僕の2人だけだったけれども、チームみんなのために何とかしなければと強く思った。そうでなければ、第4ステージで自らを犠牲にして引き倒した中村さんや、上りでペースを上げてくれた真理さんの走りが、無駄になってしまうから。
そういえば、第4ステージで中村さんと柿沼さんが、僕のために集団のペースを上げてくれた時は、感動して涙が出そうになったっけ。
そんなのレースでは当たり前? でも、自分はジーンときた。『あとは俺に任せてくれ!』そんな気持ちにさせられると共に、闘争心が湧いてきたものです。
残された区間で自分の力をうまく発揮できるのは、ゴール20km手前の最後の上り。
ここに勝負をかけました。が、この最後の上りに入る前のホットスポットで、オーストラリアとドイツにアタックを決められてしまう。
一瞬気が緩み、消極的になったところで行かれてしまいました。
最後の上りに差し掛かる頃には、先頭2名とのタイム差は50秒に。
今思うと、登り口から一気にペースを上げなければ捕まえることの出来ないタイム差だったな…。
それなのに僕は、誰かが一発目のアタックを仕掛けるのを待っていたのです。カウンターアタックで一気に決めたかったから。
しかし、峠の半分近くを消化しても、誰も攻撃に出る選手はいませんでした。
結局、しびれを切らした自分のアタックが、最初の攻撃となりそのまま、リーダージャージ新城選手・シマノ土井選手・イラン・自分の4人で追撃グループを形成。
大事な局面で消極的にならずに、勇気を持ってアタックするべきだったと後悔しています。
自分のために走ってくれたチームの皆のために、何としても前2人に追いつき、ステージ優勝したかった。
4人で回していけば必ず前に追いつくと思ったけれど、なかなかうまくローテーションが出来ず、ペースも中途半端。
前との差は縮まらずに、ゴールまで残り10kmを切ったところではメイングループに吸収されてしまいました。
先頭2名にはゴールまで逃げ切られ、後続グループは3位争いのスプリントへ。 スプリントの苦手な僕は11位。
チームの願いを成就することが出来ず、悔しかった。
自分の無力さを痛感しました。
ただ、何も収穫が無かったわけではないのです。
攻める中で多くのことを経験し、学びました。
僕たち選手は成長し続けます。
今年一杯で、チームミヤタは解散する。
残された時間はあとわずか。
この素晴らしいチームが有終の美を飾ることができるように、そしてもちろん自分自身のためにも、レースある限り挑戦し続けて行きたい。
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