5/22〜29、イランでアゼルバイジャンツアー(UCI2.2)が8日間9ステージで行われ、三浦監督率いる日本代表として参加した。
当初6名のオーダーであったが、選手のレースでの落車や故障、就職活動‥。自分もパスポートの有効期限が半年を切っていたため、ビザが下りずにギリギリの状態であったが、無事、イランに行くことができた。
この時、すでに選手は参加できる人数ギリギリの4人であった‥。
現地・テヘランについてからまもなくして、自分だけ腹の調子が崩れた。朝も昼も食べれないぐらいの腹痛。
宮島マッサーから非常食を頂いた。
しかしレース前日の夜になっても腹痛が治まらず、三浦監督、通訳のイラージュさんのおかげで病院に行き、点滴を受けてレース当日には万全とは言えないものの、なんとか回復することが出来た。
参加メンバーのほとんどがイラン人。
チームは地区選抜のような形ではあるが、元は同じチームで走っている選手もいるだろう。他にシリア、ジョージア、マレーシアが1チームずつ。
そして日本の約60人でツアーがスタートした。
そんな厳しい状況で第5ステージまで来た。
第4ステージでの厳しいステージで総合が動き、自分も一桁台にいたが脱落してしまい、ステージレースの厳しさを勉強させられた。
総合がある程度決まり、逃げを容認してくれるだろう第5ステージ。
当初、個人TTを予定したこともあって平坦で直線的なコース。
コースを3往復する84kmで行われた。
読み通り、逃げようとするメンバーがアタックを開始する。
自分も極力足を使わないようアタックに反応してついていく。50km/h以上の棒一列状態の集団の中で、マレーシアの選手が落車!
危うく巻き込まれそうだったが回避。
その選手は救急車に運ばれリタイアした。
そしてまもなくして逃げが成功。自分と大村選手(法政大学)含む約6名ほどの集団に。42km地点で追撃の約8名ほどの集団と合流。
この約15名の集団の中で勝負することが決まった。
残り14kmあたりで集団が活性化。
大村選手のスプリント勝負で温存するため、自分がすべて逃げをつぶしたり、攻撃を行った。
逃げが決まらず、残り1kmに差し掛かる前に、山下がアタック!
このアタックはうまくいけば山下が優勝し、ダメでも温存した大村選手に有利な展開に出来るためである。
アタックが決まり、残り500m、250m、100m‥‥‥!
かなり足を使っていたために、思うように動かない乳酸一杯の足を必死に回した!
‥‥‥しかし、残り20mで集団に捕まり、シリアの選手にステージ優勝を取られてしまった。
大村選手はスプリントに失敗し5着。山下は4着であった。
シリアの選手は山下と同い年で、ずっと先頭を引かずに足をためていた選手だった。
三浦監督から、
「あのアタックで優勝すると思ったが、山下がもう少し平坦の力があれば勝てた。」
「シリアの選手はレースの走り方を知っている。」
と教わった。
‥‥‥すごく悔しかった。
あともう少しだったのに‥‥‥。
同じアジアでも走り方は世界レベル。
そのレベル、走り方を知らない自分がすごく悔しかった 。
その後、U-23カテゴリ一年目の内間選手(鹿屋体育大学)が第7ステージ2位、廣瀬選手(アイサンレーシング)が総合9位で、全日程を終了した。
三浦監督がベストではないこのメンバーで、ここまで戦えたのはよかったとおっしゃってくれた。
でも自分の走り方やレースの組み立てなど、まだ未熟であり、多くを学べた遠征であった。
もっと強くなって、もっとうまく走れるようになる!
そして勝負したとき、チャンスが訪れたとき、必ず勝てるような選手になる!
そうなりたいと思った遠征であった‥。
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