プロフィール
松本 駿選手
“GTジャパン”所属のMTB XC選手。03年は第5戦で9位に入る。
MTBの魅力に引き込まれ、遂にはフィールドに恵まれた長野県の住人となってしまった“駿”。彼のアットホームなツーリングツアーは参加者から大好評である。
松本 駿のホームページ
Wheel Talk 目次
8月20日号「仕事のことをお話します」
9月13日号「ベンチャービジネスとしてのメッセンジャー」
10月21日号「救急メッセンジャーのその先のそのまた先へ!」
11月27日号「ここから、ここを含む世界へ」
12月24日号レーサーでなく「チャリダ−」
1月24日号 「自転車に乗ることと、食べること」
2月21日号 「最高の走りにつなげるために」
3月27日号 「“スポーツは文化”を地域から」
4月25日号 「メッセンジャーと風景」
5月21日号 「私がスポーツ自転車普及にハマったワケ」 
6月27日号 Panaracerは、「茄子 アンダルシアの夏」を応援します!
8月28日号 「何故か魅力的に感じてしまって・・・」
9月25日号 「初めての世界選」
10月27日号 「走った後は、地酒だぜ!」
11月25日号 「すべてから学ぶ」
12月25日号 「いつもスペシャル★」
1月21日号「MTB XC競技のトップ選手であり続けること」
2月27日号 「忘れられない一日」
3月26日号 「無名な普通のバイカーより」
4月22日号 「世界で日本人選手が活躍する為に…」
5月27日号 「被写体としての自動車と自転車」
 大会がすべての選手生活を長いこと続けてきた。
普通の生活では必要としない体力の限界に挑戦し、過酷に人と競争する。
これはスポーツをする故の成り行き。
レース会場も県内から東北へ、全国展開から海外遠征へと変化し、
正に“自転車無くして旅行なし!”が常識化してしまった。

 レース会場までは、輪行で電車を乗り継ぐか、もしくは親と共に遠征。
会場に訪れると恒例の親子として見られていた。
本格的に参戦するようになったのも15歳の頃で、学校でも授業が終わると駆け出すように帰っては、練習に明け暮れた。
山を毎日登り、友達も始め出したが付いて来れずに止めるのが落ちだった。
高校は往復30キロを通学し、バイク三昧の日々を送った。時には余計に他の山をザック背負いながら走ったし、雨雪かまわず強行突破で計画通り練習しないと気がすまない、練習の鬼となっていた。そのうち世界選手権にも出場し、体の芯から緊張を味わい、本当のレースを体感した。

やがて卒業し、マウンテンバイクのプロの道へ進む事を決意する。
日々練習し、バイクに跨る日々を送った。その道の増えた友人の影響を受け、練習に関する考え方、食事の仕方を学び、アメリカ・コロラド州ボウルダーを中心に草レースを転戦、武者修行もした。

その後、活動拠点を長野に移し心機一転、本格活動を開始。
すぐに結果が出てU23の世界選日本代表に選ばれた。2回目の世界選は、経験もあったし沢山の方々のお陰でベストを尽くせた大会でもあった。

 第2の転機。人生のパートナーを見つけ、現在では2人の親父として一家の主。
子育てを通して、人間の素晴らしさ、生きる素晴らしさを感じ取った。子供は、見た目以上に早くテンポ良く成長し、経験が無い分怖いもの知らずだし、言葉はあっという間に覚えてしまう。そんな成長をプレッシャーのように感じながら、日々を追われている。

“子はいつの日か親を超える。”といわれるが、私はマウンテンバイクで親を超してきた。そんな仕切りを私自身作りたいのかもしれない。以前までは親とだったはずが、自分が親として会場に訪れている。次世代に受け継がれることも自然の流れであるが、まだまだこれからレースを続けるつもりである。人生の生きがいだから・・・。