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| プロフィール |
南部博子
福岡県生まれ。地元で趣味としてMTBを始め、その後競技として真剣に取り組むことを決意し長野に移住。その後ジャパンシリーズに本格参戦し、1997年にシリーズ戦初優勝。1998年からワールドカップにも転戦し、1999年シリーズチャンピオン。2000年はシドニーオリンピック代表選手となる。2001年からも連勝を続け、XC女子選手の第一人者としてレース界をリードしてきた。
1996年からパナレーサーサポート選手として数々の実績を残してきた彼女は、今後MTBを応援する世界に。パナレーサーはそんなMTBが大好きな彼女をこれからも応援します。 |
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私、南部博子は2003年12月31日をもちまして
MTB・XC競技のトップ選手であることを辞める決意をしました。
これは、私の人生の転機です。
無理やり辞めてしまうのではなく、
辞める条件がそろっていて何も無理をしていない状態です。
オリンピック枠が懸かっていたアジア選手権を2位でゴールした瞬間に
「これで、終わりなんだなぁ」と、どこかで呟く声がしたようでした。
私が心配しなくても、世界を目指す選手は出現してくるでしょう。
その時に協力できれば・・・
私が経験したことを伝えられるならば幸せです。
また、そういう場を探していきたいと思っています。
それから…約10年の間、
フツーの女性が経験するような、結婚・出産という一大イベントも、
どこかに忘れてきてしまっているので
ここいらで、フツーの女性に戻ろうかと思っています。
幸いなことに、“博(ひろし)”と呼ばれている私でも良い と言ってくれる
非常に変わった大切な人がいます。
そう、転機は良い天気です。
やっと、両親を安心させられるかな と思っています。
ただただ、楽しい趣味の1つとして始めたMTBが、
パナレーサーをはじめ各スポンサーの方々のおかげと、掛け替えのない友、
私の不器用な性格が興じて、競技者へと変化していきました。
それまでは、歯科衛生士という職業を持っている一般社会人だったのです。
これは、驚きの転機でした。
誰がオリンピックやワールドカップに出られる選手にまでなれると想像したでしょう・・・
「今しか出来ないことだからね」と応援してもらい、私もその道を突き進んできました。
世界の大舞台に立つことができたのは、お金では買えない貴重な財産です。
フツーでは体験できないことを国内・外でたくさんしました。
今となっては恐ろしいことも、プッって吹き出してしまう笑い話ですが。
これも、また良い天気でした。
人生は本当にウマイ具合にできているなと思います。
練習でも、ちょっと辛い思いをしたら、
その分、実になって表彰台に上がれるという幸せが待っています。
辛いの後には幸せがあり、調子が良いと悪い時もやってくる。
結局、悪い時というのは、次の良い時期の準備期間なんですね。
と、いうことは良い事だらけ? あらら。
MTBのレースに出ている皆さん。
イキイキと前向きで、
(後ろ向きでもきっと何かを模索している人でしょうから、今、前を向いてなくても)
強くなりたい、健康になりたい、痩せたい、モテたい、
いろいろな目標を持って走っているでしょう。
今度は私が応援する番です。
エキパで一緒に走った皆さん。
もう、追い掛け回しませんから!ご安心を…
そして、皆様が良い転機を迎えられるように心から祈ってます。
天気は晴れに限る!!
ありがとうございました。
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