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| プロフィール |
“EsperanceStage”
コーディネーター
久保信人 氏
1977年生まれ。関東学院高校卒業後、スイスへレース学習のため短期留学。
その後、「リマサンズ厚木 東京アライ」に所属し本格的に競技に取り組む。
1997年 チャレンジサイクルロードレース大会(U23)2位、 全日本選手権(U23)9位。
1998年 フランスに6ヶ月間滞在し、レジオナル1カテゴリーで活動。
全日本選手権(U23)7位。7月からベルギーでエリート2カテゴリーレースを転戦。
1999年 元フランスチャンピオン フランク・モレール選手の指導するフランス・ノルマンディのクラブチーム「ES AUMALE」に所属。 Gratigny(レジオナル1)で優勝。
全日本選手権(U23)13位
2000年 日本鋪道レーシングチームへ移籍。ホームスティしながら、フランス・ナショナルカテゴリーで6ヶ月間活動。計13レースで上位20位入賞。
2001年 チーム スキップへ移籍。2月下旬から渡仏しナショナルカテゴリーで活動。計24レースで上位20位入賞、うち6レースで上位10位以内入賞。
2002年 ミヤタ・スバルレーシングチームへ移籍。フランスでの活動チームをDN3の「AMIENS SC」とし、トロフェ−・ブレイヨン(計4レース)でナショナルカテゴリー個人総合3位に。10月、ジャパンカップを最後に選手活動を引退。
2003年 EsperanceStage 発足。
活動内容など詳しくはHP
http://www.esperancestage.com/index.html にて。
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2年前の8月、私は選手としてレース活動を続けることにピリオドを打ちました。といっても日本で私のことを知っている人は、そうとう前からロードレースをやっていた方ぐらいしか居ないでしょう。
5シーズンにわたり、本場ヨーロッパ・フランスで結果を出して、世界の舞台に立つことを夢見て、精一杯走りました。残念ながらその夢は遠くかないませんでしたが、完全燃焼してとても穏やかな気持ちで最後にペダルから足をはずしたことを、今でもよく覚えています。
私はフランスで、とても選手として食べていけるような走りのできる選手ではありませんでした。
しかしその5年間のフランスで経たものは、何物にも変えがたい本当にすばらしい経験ばかりでした。
あまりにも日本と違いすぎるフランスのロードレースを取り巻く環境、層の厚さ。フランスでのレース活動の年月を重ねるほどに、「世界を目指すなら絶対に現地へ出向かなければならない!」という思いが確信へ変わってゆきました。
それならば、自分こそ選手としてその夢はかなえられなかったが、5年間で経た経験、ノウハウ、ネットワークを、これから世界を目指そうという日本人選手、本場で走ることを夢見るホビーサイクリストの方々に還元することは出来ないだろうか? より多くのサイクリストの方々に本場のすばらしさを実体験していただくことで、日本におけるロードレースに対する意識の改革、発展、選手のレベルアップ、大会の質の向上を促進できないだろうか?
と思い立ちました。
・フランス遠征コーディネート「EsperanceStage」をスタート
そうした思いで、昨年よりフランス遠征コーディネート「EsperanceStage(エスペランス・スタージュ)」(フランス語で「希望のスポーツ遠征」を意味する)を発足しました。
私がフランスに選手として来ていた初めの頃は、アパートに電気が来ておらず、2週間ロウソクでの生活を強いられたり、2月の寒い中、電気の暖房が動かず、キャンプ用の携帯コンロで暖をとりながら、沸騰させたお湯をバケツの水で割って、それをタオルに染ませて体を拭きシャワー代わりにするなど、まず生活の基盤を作り上げるだけでも大変な苦労をしました。
もちろん買い物やレースにも自走で行かなければならない事もしばしばで、土砂降りの中、リュックを背負って40km離れたレース会場へむかい、スタートして10kmでパンクして、自分でパンク修理してまた40km走ってがたがた震えながら帰ったこともありました。
それはそれで、私をたくましくしてくれたと思っていますし今となっては良い思い出です。
しかし、選手としては高い旅費を払って本場へ出向き、少しでも早くチャンスをつかみ取り、より高いレベルを目指しいる者としては、こういったハンディキャップを少しでも減らし、より現地の選手と対等な条件でレース活動ができたら…、と強く思ったものでした。
また日本にはブリヂストンや日本鋪道といったヨーロッパで活動するチームがありますが、そのチームのメンバーとして本場でレース活動を実現することは、実際「非常に狭き門」と言わざるをえません。
それらのチームにたとえ所属することが出来なくても、本場ヨーロッパ・フランスで経験をつみ、上を目指すチャンスがあってもいいのではないか? そんな思いもこのエスペランス・スタージュ発足のきっかけの一つでした。
そんな私の経験からエスペランス・スタージュではフランスでのレース体験、長期遠征などを希望する選手、ホビーサイクリストの方々のために、現地クラブチームの斡旋、滞在先住居(ホームステイ、貸し別荘、家具つきのアパート)の斡旋、ライセンスの申請取得、レース遠征への引率、レンタカーの手配など、選手が現地に到着後からよりスムーズにレース活動をスタートし、より早く高いレベルに到達できるようお手伝いをしています。
昨年2003年は3名の選手をサポートし、3ヶ月間フランス北部ノルマンディ、ピカルディ、ノール、ブルターニュで約40レースに参戦しました。フランスのクラブチームに所属し、フランス人のチームメイトとともにトレーニングしたり、レース遠征したり、時には観光したり、とてもよい体験だったと、3選手とも今年2004年はフルシーズン6ヶ月の遠征に参加しています。
そのほかにも2003年ロード世界選手権(カナダ・ハミルトン)の日本ナショナルチームのサポートや、沖美穂選手のグランプリ・インターナショナルフェミナン(カナダ・ケベック)のサポート、2004年シクロクロス世界選手権(フランス・ポントシャトー)の日本ナショナルチームのサポートなど、を行ってきました。
・フランスのロードレース事情
フランスはロードレースが盛んなヨーロッパ各国の中でも非常にカテゴリーがこまかく分けられており、自分のレベルに合ったカテゴリーから始められるため、特に日本の若い選手たちにとって最適な環境といえるでしょう。
フランスの選手は5歳からエコール・ド・シクリスムでロードレーサーを扱う基礎を学び、中学生15〜16歳のCadet(カデ)カテゴリーの頃から既に50〜70kmのレースを毎週、年間40レース以上走ります。その上のjunior(ジュニオール)カテゴリーではシニアと同じ100〜120kmのレースを毎週、年間40以上走ります。
果たして日本にジュニアの大会で100km以上の距離を走るレースが年間に何レース有るでしょうか? シニア(エリート)もしかりです。果たして100km以上のレースを日本のエリートの選手でさえ年間に40も走らないのではないでしょうか?
このようなことからも、いかに日本とフランスの環境が違うかが見て取れます。とてもじゃありませんが日本で走り続けていたとしても、こうした環境で育ってきた本場ヨーロッパの選手に世界の舞台でかなうはずがありません。
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| フランスでは5歳から「エコール・ド・シクリスム」でロードレーサーを扱う基礎を学ぶ。 |
・エスペランススタージュ・パナレーサー・日本選抜チームでの活動
そんな大きなハンディキャップをくつがえすべく、今年パナレーサーはじめOGK、バイクシステム、エナジャイズ各社様のご協力を得て、ステージレース、エリートカテゴリーのよりハイレベルなレースへの参戦を可能にするために、ミックスチーム的な「日本選抜チーム」(日本ナショナルチームとは異なる)としてのレース活動も開始しました。
本来各選手の所属しているクラブチームはそれぞれ規模もレベルもばらばらな為、所属チームによっては出ることが出来ないレースがあります。そんなレースにも出場できるよう発足したのがこの「日本選抜チーム」です。
2004年はこの選抜チームで約15レースのステージレース、エリートカテゴリーのレースへの参戦を予定しています。

「エスペランススタージュ・パナレーサー・日本選抜チーム」の面々。
タイヤは「エクストリーム&エクストリーム バリアント」で闘う。
・14名の選手を応援しています
今年2004年度は昨年から約5倍に応募が増え、計14名のフランス遠征、短期レース体験をコーディネート、サポートしています。既に11名の選手、ホビーレーサーの方がフランス入りし、本場のレースに挑戦しています。
初めてフランスの大地を駆け抜けた選手たちのすばらしい笑顔を見ていると、私が初めてフランスを訪れレースを走ったときの事を思い出します。
それぞれの選手が目指す目標は異なりますが、きっと彼らの人生においてかけがえのない経験になることは間違いありません。そしてそれをよりすばらしいものとする為に、いつの日か私がサポートした選手が、私のかなえることの出来なかった夢をかなえてくれることを願って、今日もフランスの大地を東奔西走しています。

すでにフランスでのレース活動は始動している。写真先頭は江下選手。
ツール・ド・フランスの大地を実際に走ってみたいと言う方がいらっしゃいましたら是非、下記メールまでご連絡ください。contact@esperancestage.com
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