| 今年6月の全日本選手権で3位に入り、久しぶりにナショナルチームの代表として韓国でのアジア選手権を走った。ここ数年ステージレースなどではナショナルチームとしての遠征はあったものの、全日本選手権で選考され、大陸選手権代表となったのは98年のアジア大会以来だったのでとてもうれしかった。
また今年で33歳になる僕は、たまにはこういったレースの代表になっておかないと、レース中にただうるさいだけのオッサンになってしまうのである。
さて今回僕の目標だが、それはとにかく日本人が優勝すること、ただそれが自分であったならば最高であるが・・・なかなかそうはいかないだろう。
でもとにかく誰でもいいから優勝させたい。
今まで選手としていろいろな国を走り、日本人というだけで集団内で肩身の狭い思いをしてきた。まあ、確かに日本には今世界の桧舞台で活躍するロード選手がいないため仕方がないかもしれないが。
なら、自分がナショナルチームで走る時は何としても良い体調で望み、他国の選手からなめられないようにならねばと考えている。
だから、誰でもいい、とにかく日本人を優勝させたいと強く思うのである。
ただし選手がそう思っていても、意外と敵は身近にいたりする。
以前、日本のライバル国に器材をサポートして日本人を打ち負かしそれを広告に使ったメーカーも有った。昔の話なので当然いろいろな時代背景は有ると思うが、戦後の日本人はそれだけ一致団結した国民意識を出しにくいのである。
では実際のレースだが、皆さんすでにご存知だとは思うが、シマノの鈴木真理選手が見事優勝に輝いた。2位にも日本人の野寺君が入り、また6位に福島君、7位に岡崎君、10位以内に4人が入る大活躍。レース展開としては後ろに取り残された他国の強豪選手を狩野君と僕で封じ込め、先頭集団では岡崎君が集団をお見合いさせ二つに分断。その後は福島君が6人の集団をアタックできないようにコントロールして、すべての望みを鈴木君のゴールスプリントに託し、95年以来8年ぶりに日本選手団は優勝を飾った。
ナショナルチームは各チームその年の一番調子の良い選手が選ばれて構成されるものである。そんな中、みんな自分が良い成績を出したいと思うのは当然である。しかし、今回は事前の合宿を一回行っただけでチームが1つになり、かつ、結果を出せたことはとてもすばらしい。実際にここ数年、ナショナルチームはチームワークが上手く行かず、チャンスを逃した年もあったように思う。
子供の頃、「君が代」などろくに歌った思い出は無いのだが、今回表彰式で聞いた「君が代」の感動をおそらく僕は一生忘れないであろう。
またあの時、皆で歌った「君が代」が僕の選手としてのモチベーションを高めてくれた。来年は34歳になるというのに。
僕の一番大切な財産「競技者のモチベーション」。これを超える若い選手が早く出てくることを心の底の底で期待している。
最後に、僕は今年の全日本選手権の結果を経て代表に選ばれた。
この大会で僕の為に走ってくれたチームメイト、また補給を渡してくれた監督やスタッフ、選手たち。そしてミヤタスバルチームの関係者に心からお礼を言いたい。
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