| 普段、「なんで自転車に乗ってるんですか?」とよく聞かれることがある。
自分でもたまに「なんでだろ?」思う。
僕は10歳くらいの時に、ツールドフランスの劇的なシーンを見てロードレースの虜になった。
それは、3週間にも渡るレースの最後に50秒差を逆転をして勝ったグレッグレモンを見てからだった。あの時はただただスゴイの一言に尽きた。その後新聞で、暴発事件で瀕死の重傷から生還したあとだったと知り、ますます感動して仕方がなかった。
「あそこで走りたい」そう純粋に思った。
初めて自転車に関わるレースに出たのはトライアスロン。
その時に起きた事件は今でも忘れられない。水泳を終え、自転車に乗ろうとした時にあるはずのシューズがなくて、修善寺を裸足で走ってしまった。今考えると笑えるが、我ながらいい根性した小学生だったと思う。
それからは楽しみながら中学生の時も走り続けた。
高校に通うようなってから自転車競技を本格的に始める。
練習もハードになり、先輩の後ろでゼェハーゼェハーしながら、ひたすら自分を追い込む毎日を過ごしていった。レースも増え、勝ちたいという意識が芽生え始めたのはこの頃だったと思う。
学年が上がるにつれて成績も良くなってきていた。
そして、3年生の時に運良くフランスに行けることになった。そこは別世界で感動も大きかったが、レベルの差に愕然とした。
帰国後、猛練習をして絶対に一番を獲ると決めていた国体の前に、嬉しい知らせが舞い込んだ。なんと世界選手権の日本代表に選ばれたのだ。これはチャンスと思い頑張ったが、レースで2回も落車をして思ったような走りはできなかった。
その後、僕はスポーツ推薦で中央大学へと進学した。
大学での生活はそれなりに楽しかったが、ツールへの道には程遠いものだった。
そこで2年の時に中退し、日本鋪道で活動することを決めた。
色んな人に反対されたが、自分がやりたい事をすると決め、バイトをしながらレースに参戦した。そして、本格的にフランスでのレース活動が出来ることになったのだ。
自分の夢に一歩近づいた感じがした。
フランスでのレース活動は自分がやりたい事そのものだった。
レースは週に2〜3回あって、日本では考えられないような事が当たり前のように行われている。レースの数もさることながら、競技人口、観客の数などは日本ではあり得ない多さであった。とにかく毎日が驚きの連続で、刺激的な日々を送っていた。
しかし、ある時期を過ぎると慣れてくるもので、次に自分が何をしたらいいのかと考え始めた。
レースで勝ちたいけれども日本人という事もあって目の敵にされ、集団で嫌がらせをされるなど辛い経験を味わうようにもなる。これが現実かと思ってしまった。
それから徐々に無気力になっていく。
帰国後、現実と夢の狭間で苦しんだ。
一度は辞めることも真剣に考えた・・・
それでもツールに出たいという夢は変わらなかった。
今、僕はミヤタスバルの一員としてこれまで同様レースで戦い続けている。
もう一度、自分の心と体を鍛えなおして、中途半端な状態で帰ってきてしまった本場ヨーロッパに戻るために。
10歳の時から一つの夢だけを見てきた。
絶対にあの場所へ辿りついてみたいと思う。
夢というのは、大抵の人にとって叶えられないものであって、またコロコロと変わるのが普通なのかもしれない。
しかし、ここまで変わらず同じものを見続けている自分の信念が、僕にとっては唯一のプライドなのかもしれない。
僕が自転車に乗っている理由。
それはお金の為でもなく、
全日本チャンピオンになる為でもない。
ツールと言う最高の舞台に立つためにペダルを踏んでいるのだろう。
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