| はじまりは、人。
仕事で知り合った“自転車”でつながる人たち。皆、エネルギーに溢れ、全身で人生を楽しみながら生きていた。それは自転車のおかげ? その中に、私が知る他の誰とも、どこか違う男性がいた。とろけるような笑顔の彼は、過去すごい選手だったという。この人、いったい何だろう?
次は、音だった。
「ゴォォォッッ」轟音を立て目の前を高速で走り抜けていく自転車の固まり。自転車がこんな音を立てるなんて! 初めて見たレースの印象は鮮烈だった。それは感情を持って動く、ひとつの生き物のようにさえも見えた。周回を回り、繰り返し目の前を通り過ぎていく集団を、右から、左から眺めたのを憶えている。
自転車にも、音がある。MTBやシクロクロスの会場では、耳に神経を集中し、選手を待つ。
「カタンカタン」「キィーッ」広がる自然の中、大気に響く自転車の音に、目を凝らして選手を待つ。あのジャージが現われるよう、祈りながら。
自転車の音を憶えたこの頃から、私は急速に自転車界との関わりを深くしていった。そして、春を迎え、私はあの「笑顔の男性」が監督を務めるミヤタスバルに関わることになる。
すらりとした選手たちは、ジャージに身を包み、腰の高いロードレーサーにまたがると、ちょっと別人になる。マッサージオイルの香りの中、緊張を見え隠れさせながら、号砲と共に加速していく後姿を見送る。頭を低くし、腰を引き、自転車とひとつになって滑り降りる下り坂。浮き出した筋肉のひとつひとつが汗で輝く上り坂。ゴール後には、みなそれぞれの表情で、外からは計り知れないほど強く、何かを思っている。どの姿にも、心に響く美しさがある。
夏には、補給の手伝いをさせてもらった。
「ボトルの口を握らず、ただ軽く持つ。
決して“渡しに行く”のではなく、動かさずに、下げておくこと。
欲しければ、向こうから取りに来るから。」
動物の餌付けみたい…。
「さ、来たよ!」
あの「音」をたてて、選手たちが向かってくる。
目を凝らし、集団の中から、ミヤタスバルの黄色いジャージを探す。
うまく手に渡りますように。
“びくびく”を押しこめて、ボトルを手に立つ。
差し出したボトルを、何も言わず、“がしっ”とつかみ、走り去っていく選手たち。
それは、ほんの一瞬の出来事。
ボトル越しに伝わった選手の力強さが、まだ手に残っていて、少しドキッとする。
思わずちょっと目を伏せてから、小さくなる後姿を目で追う。
がんばって!
関わるにつれ、一人一人の人間としての選手たちが見えてくるようになった。
レース以外での彼らは、明るく頭の回転が速い、普通の青年たちだ。
同時に、どこか深くて、真面目で、ナイーブで、優しい香りを漂わせている。
そう、最初に、私が監督に出会って感じたように。
出会うまで、自転車なんて、ただの道具だった。まじまじ見るチャンスも、必要もなかった。
どうしたことか、その私がここまでやって来てしまった。
誰かに連れて来られたわけではない。私は、たぶん自分で“縁”を手繰り寄せてきたんだ。
もっと多くの人に、会場に来て、目で、耳で、全身で感じて欲しい。
注目と期待は、選手を駆り立てて、彼らをもっと強く、もっと素敵にしてくれるはず。
気が付けば、心の隙間に入り込み、私の中にどっかりと居座ってしまっていた、ヤツら。
あーあ、と、ちょっとうれしいため息をつきながらも、
いつまでもそこにいて、と心の底では願っているのだろう。
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