| 自分は昔から、「風変わり」で個性の「強すぎる」子供だったらしい。
自転車はそんな自分の自己表現に最適な道具であり、ロードレースはこの上ない自己表現の場所になった。
その自転車を始めて8年が過ぎようとしている。
ずっと目指してきたのは、自転車の本場ヨーロッパで活躍できる選手。
脇目も振らず、周りの迷惑を顧みず、ただただ自分の意のままに走り続けてきた。
そして、気がついたら日本を飛び出している自分がいた。
お陰で両親をはじめ、周りは随分と迷惑したと思う。
ヴィテス、ミタ・メディック、VC・シュタイマウアー、フォルクスバンク・イデアルと4チームを渡り歩いてきた。
その間、いろいろな出来事があった。
楽しいことも辛いことも経験して、少しは人として成長できたと思う。
あっという間だったような気もするけど、すごく充実していたことに間違いない。
ヴィテスでは、市川雅敏監督に出会い、大切に育ててもらった。
“自転車選手として、一人の大人の人間として、なにが必要か”、を、
時には厳しく、時には優しく教えてもらったような気がする。
スイスのエリートアマチュアチーム『ミタ・メディック』では、多くのスイス人スタッフに支えられ、他のスイス人選手と同様にたくさんのチャンスを与えてもらった。
極東の島国、日本から来た「お客さん」ではなく、一人の選手として扱ってくれたことが嬉しかった。
そして、チームメイトで後に世界チャンピオンになるフランコ・マルヴォッリと出会い、彼の『勝利への貪欲さ』を学び、自分の甘さを思い知った。
シーズン途中でフォルクスバンク・イデアルに移籍した2003年はヨーロッパのエリートレースで4勝を上げ、おぼろ気ながら手ごたえを感じた年だった。
それと同時にオーストリア一周レース等のビックレースに出場する機会にも恵まれたが、プロのレースの厳しさを痛感させられ、マスコミに叩かれたりもした。それも今となってはいい思い出である。
そして迎えた2004年。
新しい環境を求めて、ミヤタ・スバルへの移籍を果たした。
今は、母国のチームで、信頼できる監督の下で走れるという喜びを噛みしめている。
月日が経って、自分の置かれている立場や状況は大きく変わったと思う。
それでも『自分らしさ』を前面に出した走りをしたいと思っている。
日本でもヨーロッパでもレースはレース。
自己表現の場所であることに変わりはないのだから。
いよいよ本格的にシーズンがスタートする。
ミヤタ・スバルの選手として日本をベースに迎える今シーズン。
「風変わり」で個性の「強すぎる」自分が、ミヤタ・スバルに新しい風を送り込めたらと思っている。
そして、自転車を通じて、人々に夢を与えて、心を豊かにできればいいなと思う。
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