| もうかれこれ8年も前の頃・・・忘れもしない一人でアメリカ遠征をした時のこと。
「なんて野郎がいたものだ! 見つけたらただじゃおかねぇ!」。僕はレースとは違う興奮がしばらくおさまらなかった。
コロラド特有の乾燥した灼熱地獄下のレースを終え、通り雨が選手の体を癒すべく雷とともに激しくたたきつける中、一人の大柄な中年男が、傘もささずに何か大事なものなのだろう、重そうなジュラルミンケースを抱えて走っていた。
僕はあまり気にも止めず、レースを終え疲れた体を休める間もなくバイクを車に詰め込み帰り支度を始めた。それから1時間ほどが経ってすっかり雨も止み晴れ間もさした頃、先ほどの男が僕の前で息を切らして立ち止まった。
僕は一瞬その男の驚くような喜んだような表情に困惑しながらも、その男が何者かということを必死に理解しようとした。しかし、思い当たるところはない。男は肩で息をしながら「I
AM VERY SORRY!」とだけ言い放つと、抱えていたアルミのケースから大きなカメラを出してシャッターを切る構えを見せた。
僕はハッとして今日のレース中のある事件を思い起こした。
それはレース終盤、その日のレースはとても調子が良く、小さなレースながらも前半からの積極策が功を奏し3位というポジションでゴールまで残りあとわずかというところだった。しかし、後続の追い上げもきつく、振り返れば後続のライダーが文字通り列をなして襲い掛かってくるのが見えた。こうなると小さなミスを1つでも冒せば飲み込まれてしまう。こんな状況で森の中のシングルトラックに突入し、ここでのミスは命取り!そう言い聞かせながら慎重に走っていた。
その時、事は起こった。いきなり目の前に火花が散ったかと思うと目の前が真っ白になって何も見えなくなりそのまま木に激突してしまい、コースアウトしてしまったのだ。僕は何が起こったのか全く解らず、何人かのライダーに抜かれたのを耳で理解したその間もうろたえるだけだった。
視界が徐々に戻るとともに何が起こったのかが理解できた。
森に入って視界が暗くなったその時に、ベストショットを狙ったそのカメラマンがコース内に身を乗り出して思いっきり僕に向かってフラッシュを焚いたのだ。僕はそのカメラマンを睨みつけたつもりだったが、依然視界が白くなったままで男か女かもわからなかった。何とか何度も落車し順位を落としつつもゴールに辿りついたが、降りつける雨に言葉を失っていた。
そう、そのカメラマンが今僕の前に現れた。
興奮おさまらない僕は日本語で「この野郎!なんてことしやがる」とか「くそったれ」だの「かかって来い」だの散々わめいたが、このカメラマンはニコニコと、しかし、すまなそうに「I
AM SORRY」と言うだけだった。レースの疲れもあったのか、大柄な男の迫力に臆していたのか、僕はこの男の話を聞いて見た。「おまえは誰だ!」僕の口調はまだ強かったが、彼は「自分は駆け出しのカメラマンでレースを走る選手を撮りにとなりの州から車で寝泊りしながらやってきた」と答えた。名前ははっきり覚えていないがトッドだかテッドだかだったと思う。その男のしきりに「すまなかった、自分が悪かった!」と言っているしぐさが、大柄な彼の体に似合わずかわいい素振りだったのが妙に可笑しくなってしまった。
しかしこの男、雨の中レースが終ってから1時間にも渡り僕を探していたらしい。
とっとと帰ればいいものを・・・でも、僕はとてもうれしかった。きっと彼は自分の仕事にとても誇りを持っているんだと思う。その上で失敗をしてしまったことをとても屈辱的に感じたんだ。だからこそ、重いジュラルミンケースを抱えて、雨の中1時間あまりもたかが一人のライダーを探す事を何らためらわなかったんだ。
その男とはそれ以来会っていないが、そんな男たちがいる国アメリカのレースが僕は大好きだ。それが今までアメリカでレースをしてきた理由のひとつだ。そして、これからも・・・ |