私のインカレロード優勝を始め、プロの競輪選手の輩出、学生のレースではここ数年上位入賞者を出し続けるなど、京都大学自転車競技部はコンスタントに強力な選手を輩出している。スポーツ推薦もなく、入部してくる人間もほとんどが素人である京大生が、なぜ強豪私学の選手と互角に渡り合えるのか?
そのチームの秘密を分析し紹介しようと思う。
監督不在
阪神タイガースが星野監督を迎え入れ優勝したように、スポーツの世界では監督、すなわち指導者の存在は非常に重要である。ところが京都大学自転車競技部には監督というものが存在しない! 京大では監督の役割を大学院に進学したOBの存在が補っているのだ。京都大学の学生は大学院への進学率が非常に高く、多くのOBは大学院へ進学する。さらに学部時代に強かった選手は大学院に進学後も自転車競技を続けることが多く、しばしば後輩を連れ練習に行ったりするのだ。この練習の中でいにしえの時代より伝わる自転車の極意が受け継がれていくのである。“途絶えることなく男の背中から背中へと受け継がれる極意” 言葉にするとなんだか格好が良いが、本当はOBが勝てる相手と練習したかっただけかもしれない。かく云う私も実業団のレースで失った自信は後輩を倒して取り戻している。“指導”と“エゴ”は紙一重である。
自由な学風
京都大学はその自由な学風で知られている。どれくらい自由かというと…まず授業に出席がない(ものもある)、出席するかどうかは学生の自由
(ただし単位が取れるかどうかは別問題)、むしろ授業に登録している生徒が全員授業に出てしまうと教室に人が入りきらないというくらい自由奔放な大学である。さて自転車競技部もその例にもれず非常に自由な部である。まず全員参加の練習は年二回の合宿しかない。その他の練習はすべて個人の自由である。すべて自由という方針は全く練習をしなくなるという危険性をはらんではいるものの、個人の体調、実力、あいている時間に合わせ、最大効率でのトレーニングが可能であるという大きな利点がある。結果として自転車競技部には毎日部室にきてファミコンをする人(当然練習には行かない)や、全く部活に来ない人もいる。逆にそんな人間を反面教師とし、多くの時間を黙々と練習に費やす人もいる。練習は週0回から週7回まで人によって様々なのである。ちなみに私はかつて授業に出席しなくても良いというシステムを最大限に駆使し練習に励み、五回生(留年)と言う地位とともに、インターカレッジ優勝という勲章を得ることに成功した。“自由な学風を背景にした非常に効率の良い練習システム” これが多くの弱小部員とともに一部の強豪選手を毎年生み出してきたのだ。練習を強制にすれば一部の弱小部員と多くの強豪選手を生み出せるのかも知れないが…まあ良しとしよう。
カースト制度
京都大学自転車競技部は40年の歴史を持つ体育会の部活である。しかしそこには日本の伝統的な年功序列型の上下関係など存在しない。学年、自転車の強さ、練習量、仕事が出来るかどうか、取得単位数、恋人の有無など実に様々な要素により部活における地位が決まるのだ。そこで一同が集まり自転車に乗る唯一の機会、合宿では激しい権力闘争が繰り広げられることになる。春に京大チームは10日ほどLSD(Long
Slow Distance)主体の合宿を行う。LSDゆえにどれだけ距離を乗ったかでその地位は決まってくる。上位のカーストを維持するには連日200kmのコースを走りきらねばならない。この激しい乗り込みにより、もやしっ子のような京大生は確実にパワーアップするのである。さらに熾烈なのは夏に5日ほど行う合宿である。連日いくつもの峠を含むコースでもがきあいを行う。毎回峠のふもとから激しいアタックが繰り返される。当然後輩に負けるようでは一気にアウトカーストまで身分が下がってしまう。そこで上回生は毎日新入生のアタックに怯えながら走りつづけるのだ。夏合宿には“下克上”という言葉が非常に良く似合う。またレースでも同様の現象が起こる。「他大学に負けるのはかまわないが、チームメイトに負けるのは絶対にいやだ。」このことは京大の選手にとって大きなウェイトを占める。当然私もかつては“彼女あり、留年なし、単位いっぱい”の同期には負けたくないという一心でレースを走っていたものだ。“切磋琢磨”というと聞こえが良いが、実際はみんな負けずぎらいなだけである。
おわりに
代々受け継がれてきた練習方法で、自由な環境の中、ライバルたちと切磋琢磨する。これぞ京都大学自転車競技部の強さの秘密なのである。などと色々嘯いてみたものの、実際のところ真相は闇の中だ。ただ、こうして自分の身近なチームを分析してみるのもなかなかおつなものである。ということで皆さんも身近なチームの分析を楽しんでみてはいかがだろうか?
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