| ちょっと変わった自転車競技が、なぜかここ関西で一種異様な熱気に包まれて大ブレイク中。
シクロクロスはロードレースのスピード感と、マウンテンバイクのオフロード走行の楽しさを足して2で割って時間を短くしたような自転車競技。
まぁ細かいことは考えずに、スタートしたらとにかく全力で走ってください。でも、ただただ走るだけではありません。コースは色々人工的なしかけ(笑)があって、意図的に面白くなるように作られてます。自転車を降りたり乗ったり、勢いでぎりぎり乗っていけるような激坂があったり、時には自転車を担いで上がる階段が現れたり、路面が深い砂地だったり、深い草地だったり、ナナメの土手を上がったり下がったり、次々と変化するコース状況をスピーディーに攻略しながら前に進む競技だ。手も足もノウミソも、使える全てを動員して全力疾走するロールプレイングゲームとでも言えばいいだろうか。コースも長くて3キロ程度で、観客とのキョリも近く、選手の息づかいやスピード感、コースの攻め方など、見る側にとっても見所満載! 「う〜ん、想像がつかない」と言われる方、とにかく一度レース会場に足をお運びください。
関西で開催される「関西シクロクロス」は、11月13日、好天のもと「府民の森ひよし」の開幕戦より、11年目のシーズンがスタートした。開幕戦から200名を超えるエントリーがあり、今年も盛り上がりの手応えを感じる。
また、第2戦、11月27日の滋賀県野洲川運動公園のレースでは、元シクロクロス世界チャンピオンのダニエル・ポントーニ選手をイタリアから招待するという大胆な企画も用意。世界チャンピオンの走りを間近で見ることができると共に、迎え撃つ、日本チャンピオン辻浦選手や、「関西クロスのキング」三船選手、好調の小坂選手など日本勢がどこまで肉薄できるか、今からわくわくしている。また、レース終了後は京都市内でポントーニ選手を囲んでのウエルカムパーティーもありますので、是非ご参加をお待ちしています。
さらに12月10日・11日は大阪府堺市の「海とのふれあい広場」で、第11回「全日本シクロクロス選手権」が開催され、同時に「関西シクロクロス」第4戦も開催。シクロクロスで盛り上がる2日間となるだろう。
さて、こうしたトップアスリートの走りと同時に、「関西シクロクロス」では、毎回キッズやユース、マスターのカテゴリーを用意し、子どもからシニアまで男女を問わず、だれもがサイクルスポーツの楽しさを実感できる『安くて美味しいシクロクロス界のファミリーレストラン』をモットーにレース運営を行っている。
また、各開催地域の地元のクラブチームによる「協力チーム制」により、前日のコース設営から大会当日のコースマーシャルなどのスタッフ、後かたづけなど、レースを走るだけではなく運営にも「参加」してもらっており、みんなで支え、みんなで走り、そしてみんなが楽しむ「関西シクロクロス」を目指している。
そのことが、毎レース200名を軽〜く超える参加者が集まるゆえんだろう。
そんな私は中学生の頃。週末は毎週のように友人とランドナーで京都北山の林道の峠を走っていた。高校生になり自転車競技(トラック、ロード)を始めたものの、秋になるとロードレーサーに当時発売されたばかりのパナレーサーのクロス用タイヤを装着して、春まではシクロクロス(もどきの走り)で北山や比叡山を走っていた。今思い返せば、あれはシクロクロスというよりマウンテンバイク的な走りだった。
その後、学連、実業団で走る中でも、オフシーズンにはシクロクロスで山に入る時期が続く。クロスがずーっと好きだったのだ! 自転車を担いで山道をランニングで駆け上がり相当な体力がついたし、時にはアイスバーンになった林道の下りを駆け抜けることでテクニックも養えた。
しかし、レースが無い、シクロクロスのレースは日本ではほとんど開催されていなかったのだ。(信太山で何度かあったようですが)出るとしたら森幸春さんのように100%実費で世界選手権に行くくらいしか可能性がなかった・・・。
そのくせ、当時の自分はシクロクロスではかなり強いつもりだった。レースがあったら必ず勝てるとさえ思っていた。きっと今の辻浦選手や三船選手に負けないくらい強かったはずだ!(と勝手に思っている)
さて、それから数年後、ばりばりの現役から一歩退き京都車連のスタッフとして下働きを始めた頃、「長野へ行けば何やらおもしろいレースをやっている」との口コミで情報をつかみ、スキーを積んだ車に混じりルーフキャリアに自転車を載せて長野へ向かった。
田圃のあぜ道に路上駐車の列を作り、ほとんどゲリラ的にレースが行われていたが、思い返せば、これがあのシクロクロスミーティングの草創期だった。
寒さと泥と雪と、長野の自然は厳しかったが、全力を出しきった30分は順位抜きで、言いようの無い充実感が得られた。北山の峠を自転車を担いでいた日々がよみがえってもきた。
その後も長野のレースがどんどん盛んになり、一種異様な盛り上がりを見せた。大原選手や小坂選手のバトルもおもしろく、エントリーも200名を越えていただろう。
「こんなおもしろいレースなら京都でもやってみよう。」
当時長野のオルガナイザーだった藤森氏に京都に来てもらい、我が家に泊まってもらいながら、京都周辺のシクロクロスのできそうだと思っていた場所を見せて回り、コース作りのアドバイスをもらった。「大野ダムの藤森落とし」もこのときにできた。
かくして、当時一緒に長野に遠征に行っていた「エルバ」チームのメンバーや、開幕準備で声をかけた福知山の「グレートアンカーマン」の強力なサポートのもと、三段池公園で「関西シクロクロス」が産声を上げた。
わざわざ長野まで行かなくても関西でレースを走れるようにと始めた意図は、レース運営責任者の立場上、結局かなえられないままだが・・・
子どもの頃に運動おんちだった私が自転車と知り合えたおかげでアスリートの一人になれた。高校から実業団まで自転車競技のおかげで人一倍充実した日々を過ごして来れたが、その感激を一人でも多くの人に感じてもらえるお手伝いがしたいと10年間お世話になった京都車連のスタッフになった。
自転車は年齢・性別に関係なく多くの人がスポーツの充実感を味わえるもので、一人でも走れますが、やはりたくさんの仲間と競うレースを走るのが楽しいと思う。だから1つでも多くのレースを提供して行けるようにしたいと思っている。
現在トップを走る選手も最初はみんなと同じ初心者、ひとつの種子から始まったはず。私はレース数を増やすこと、言わば開墾をすることによってドンドン畑を耕し続ける。その畑のあちこちから芽が出てぐんぐん育っていけば、レースはますます盛んになっていくことだろう。
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| シクロクロスを走る「関西クロスのキング」三船選手。 |
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11/27、滋賀県野洲川運動公園での第2戦で参戦が決定した、元シクロクロス世界チャンピオンのダニエル・ポントーニ選手。 |
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