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誠に恐れ多いです、こんなところにまで出させていただいて。
そうそうたる方々が登場される由緒正しきコラムに、私のような者が一筆書くのも正直言って恥ずかしいのですが、せっかく機会をいただきましたので今の思いを綴ってみることにします。
現在、京都府自転車競技連盟理事という肩書きをいただいていますが、自身の認識は「最前線で働く大会スタッフの一員」です。「お手伝いさん」からは一皮むけた感じがしますが、責任を持って何かを担当するところまでは至っていません。まだまだ発展途上にある私が車連活動を長く続けるには程よい距離感が必要でしょう(今はまだちょっと逃げ道も欲しい)。何より、死ぬまで現役を宣言されている京都車連のボスがいる限りは、一番しんどいところはお任せしておこうかなと(笑)
ま、京都車連のボスというポストは誰にでも代わりが務まるとは思えませんが・・・
関西シクロクロスオルガナイザーのポストも同じく・・・・
振り返ってみると、競技に目覚めて12年。京都車連のスタッフとして8年が経過、紆余曲折を経て今の私があります。
1995年4月。当時、京都府立桂高等学校の自転車競技部顧問、狩野哲男先生との出会いが全ての始まりです。競技の魅力だけでなく先生の強烈な個性に引きつけられ、部活一色の高校生活がスタート。加えて担当科目の数学・進路指導に至るまで、その指導力のおかげで充実した高校生活を過ごせました。選手としては平凡でしたが、この3年間が人格形成に大きく影響したことは言うまでもありません。この世で狩野先生のモノマネをさせたら私の右に出る者はいない、というくらいに。
それまで選手専門だった私がスタッフデビューを果たしたのは、99年秋のけいはんなロード。大会前日に狩野先生から「お前、明日空いてるか?」という急な執務要請を受け、訳が分からぬままコース観察員として交通整理にあたりました。車がぶつかりそうになったり、文句を言われたり、この日感じたロードレースを開催することの大変さは衝撃的でした。特に、最後の後かたづけの人手の少なさにはびっくり!!裏舞台の現実を知った瞬間でした。大会が華やかなだけにそんなことは知るよしもなく、いち参加者として大会の不手際に対し、いろいろ陰口たたいていたこともありましたが、そんな自分が本当に恥ずかしくなりました。決して大会はあって当たり前のものではない、大会運営関係者にドえらくお世話になっていることを痛感しました。以来、せっかくレースで楽しませてもらっているのだから、後かたづけくらいは手伝いまっせと思うようになり、京都車連とのお付き合いが始まったのです。
手伝うようになって分かったのは、大会運営は大変だということと、車連の人たちも個性派揃いだということ。狩野先生の個性も強烈ですが、また違った個性でそれが魅力的でした。もちろんイイ意味ですよ。今や自転車競技の枠を越え、個人的なお付き合いも結婚やマイホーム購入をはじめ人生設計の様々なところに及び、大変お世話になっています。お陰様でイイ人生過ごせてます。自転車に関しては全くの素人だった嫁さんまでが車連にどっぷり浸かってしまったことはお互いにとってプラスでしたね。ウフフ。
継続は力なりといいますが、8年も続けて来たゾと自負する気持ちはありません。特筆すべき改革や実績もないし、単にぶら下がっていただけなのかもしれませんが、ハッキリといえるのは「いままでやってきてよかった」と思えること。なぜなら「おもろかった」からなのです。走ることはもちろん、選手・スタッフを問わず、知り合えた仲間とふれあうことがとにかくおもしろい、この一言に尽きます。朝から夕方までいろんな人と接すると刺激受けますよ。人として成長出来るし、みんなでバカ話してると、職場でのイヤなこととか吹っ飛ぶじゃないですか。失敗や辛いこともあるけど、大会が終わったあとは必ず「みんなのお役に立てた」という自分なりの達成感があるし、がんばってよかったと思えるんです。
最初の頃は「ありがとう、またよろしくね」と言われるのが嬉しかったですね。この言葉で「自分は必要とされている」と思えたし、次への動機になった。すると、そこに自分の居場所ができた。これがまた居心地よかったし、車連を好きになったから前向きになれた。そこで見えた課題に取り組むとスタッフ同士の絆が深まる。この積み重ねが大きな力になるのだと感じます。スタッフの顔ぶれもかなり変わりましたが、みんな同じ事思ってるんじゃないですか?おもしろいと思ったところに居場所が出来る、これが京都車連の好循環の秘訣だと思います。関西クロスなんかその象徴じゃないですか?それぞれが自分の持ち場で力を発揮してくれればそれでいい、とボスは言います。押しつけられていることは何もありません。できることをやればいいのです。
しかし、誰もやらない部分はどうするのか。人員配置や関係団体との調整など、「責任」という名の大きな使命を一手に担う頼れるボスがいるから私達はスタッフを楽しめるのです。軽く「責任」と書きましたが「重責」ですよ。誰にでも出来ることではありません。車連と関西クロス、二人のボスの存在こそが要であり、熱い魂が全ての原動力なのです。そして二人のベクトルは、終わりなき「自転車競技の地位向上」を目指して突き進むのです。
私はまだまだ走りたい盛りなので、選手とスタッフの二足のわらじを履いています。「お前は役員やから走ったらアカ〜ン」と言われたりもしますが、まだまだ走らせてもらいまっせ!しかし、兼務は「一度で二度おいしい」部分がある一方で「二兎を追う者は一兎をも得ず」的な部分もあります。自分のやっていることが中途半端だと思う時もありますが、今はこれでいいのかな?となんとなく納得しています。選手活動はシクロクロスでC1に昇格することが目標ですね、あとはケガのない程度に。スタッフとしては、総務として大会の全貌把握と円滑な運営に務めること、嫁さんとともに救護体制の確立に一役買えるように勉強することが当面の課題です。
私にとって自転車競技は趣味。しかし、自分にもたらしてくれたものはあまりに大きく、もはや「私から自転車競技を引いたら何が残るのか?」というくらいになくてはならないものになりました。
自転車に乗っていてホントに良かった。次世代を見据えて、これからも関わっていきたいと思っています。
シクロクロスを心から堪能
コース設営などもお任せあれ
大切なジャージ
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プロフィール |
柳川 雅夫 氏
京都府自転車競技連盟理事。
自転車レースをこよなく愛する京都車連“走る裏方衆”の一人。
奥様も裏方として運営現場を支えており、京都車連に無くてはならない心強いおしどり夫婦である。
京都車連HPはコチラ
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