2007年の夏は、自分自身にとってある意味での試練の時期であった…
その中の一つの出来事として、チームミヤタ解散という悲しい現実が待ち構えていた。
僕が監督になったのは2002年シーズン。
ちょうど30歳になったばかりの年である。
選手としてのモチベーションが下がり、将来の身の振り方を考え始めていた時に、当時監督だった元木氏より後任の指名を受けての監督就任であった。
とにかく新しいことをしたい…
選手時代に感じた様々な問題点をなんとか改善していきたい…
そして、自分だけではなくて、皆が楽しめる環境を作りたい。
それまでの自転車界の慣習にとらわれず、広い視野を持って色々なことに取り組んでいこうと誓った事を今でも覚えている。
この6年で、様々な仕事をして、多くの人達と出会い、笑ったり、悩んだり、傷ついたり、時には泣いたりもしながら、前へ進んできた。
その積み重ねが、今の自分の立ち位置を形成しているのかもしれない。
そして、ミヤタ解散…
変な言い方だが、僕はこれで良かったのだと思っている。
もちろんとても悲しいし、いつかは名門に復活して欲しい。
ただ、自分自身のことで言えば、この解散は良いリセットになると感じる。
選手を引退してからの自分は、全ての事が新たなスタートだった為、とにかく、出会う相手や、巡り合った仕事に対しては、尊敬の念を持つようにした。
とういうよりも、分からない事だらけで必死にやるしかなかったのかもしれない。
もちろん、失敗もたくさんしたし、人を怒らせたこともある。
それでも、近年、自分がしてきた仕事のうちで、いくつかは多少なりとも評価を頂ける水準まで来てるのかな?と感じることもある。
周りの人も、6年前よりかは、僕という人間を受け入れてくれているのかもしれない。
ただし、そんなある意味で「楽」な状況に、ある種の危機感を感じ始めていた。
僕は何もない状態から、自分自身の信念を作り出し、それを自分なりに表現してきた。
そこには「こうしなければいけない」とか「こうすることが良いことだ」という類の、固定観念はまったく含まれていなかったと思う。
そして、その「柔軟な信念」に共感し、理解してくる人達が周りに集まってきてくれ、いつしか、自分のキャラクターが出来上がり、期待を受けるようになった。
天狗になろうと思えば、なれる状況だったのかもしれない…
ただ、これまで多くの人たちを観察しながら感じたことは、周りに認められ、過去の自己の行いに自信を持ち、更に周りの期待に身を投じると、いずれ、過去に生きる老害になってしまうか、それ以上先に進めない、過去のアイデアに縛られた人間になってしまうという現実が待ち受けているということである。
誰でも歳はとるし、前に進むエネルギーもいつかは枯渇するだろう。
ただ、柔軟な心と、それが生み出す信念はいつまでも持ち続けられると信じている。
僕はいつだって初心者が好きだ…
表立って人の上に立ち、強引に皆を引っ張っていくやり方は好きでない。
誰にも気づかれずに流れを作り、そして皆がそれぞれの自信を持って活動する環境こそが幸せな世界だと感じる。
強い信念を持つことはとても大切だが、
その「信念」には、
人の言うことを聞ける「柔軟性」と、
人のためになりたいという「愛」が備わっていなければ、
ただの「我」になってしまうだろう。
そして「信念」とは、他人に強要するものであっては絶対にならない。
この夏に受けた大きなストレスは、僕にもう一度考えるチャンスを与えてくれた。
ゼロ(原点)に戻れた喜びを、今後の自分に繋げていきたいと思う。
最後に、これまで素晴らしいサポートでミヤタを支えて下さった、「パナレーサー」に心から感謝の伝えたいと思います。
ありがとうございました。

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