「俺んとこのレースで外人が勝つのが許せねぇ」
今でも忘れない一言。
ツアーオブジャパン飯田ステージを開催する長野県飯田市にチームが誘致されたのは2006年秋のこと。
新体制でのチーム発足に向けたミーティングの後、飯田市内の居酒屋へ行った時、自転車のチームの関係者だと分ると隣の酔っ払いのおじさんが絡んできた。
「何とかジャパンてレースを2回見に行ったけど、2回とも外人が勝ってるだろ、俺はあれが許せねぇ。なんで日本人が勝てねぇんだ」
この言葉を聞いた時、嬉しかったですね。
まるで自転車熱が熱いベルギーのバーにいるような感じで、あれっ?ここの土地の人何か違うなぁーと感じました。
正直、この地に何があるのかも分からないのに、ホームタウンの誘致がとんとん拍子進み、長い目で地元との連携はうまくいくのか疑問もあった頃でした。
僕は25歳の時、フランス遠征に行って地元のクラブに入れてもらいました。
その時の経験はとても貴重なもので、まるで僕の求めていたものすべてがここにはあるように思いました。
週に2・3回はあるレース、サポートしてくれる人、スポンサーなどなど・・・
チームウェアには地元企業のスポンサーが入っていて、純粋にオラが町のチームを応援しているんですよね。
車のタイヤ屋さん、鉄鋼会社、ディスコなんていうのもありました。
費用対効果ではなく、企業は純粋にスポンサーとして地元チームを応援をしてくれているのです。
そのお金から、小さなクラブでも賞金まで用意され選手の支援をしてくれる訳です。
そして各クラブが年間2回位持ち回りでレースを主催します。
週末には住んでいる地域から100km圏内で2,3レースは選べる位にあります。
つまり自転車レースが文化として成りたっていたんです。
飯田もそれに少しずつ近づいてきています。
それどころかフランスよりも盛り上がっている部分があります。それが市民の応援です。
練習をしていると、すれ違う車の方が手を振り、畑からおばあちゃんが「がんばれー!」と声をかけてくれます。
やはり人口10万人の町だから浸透度が違い、チームが動けば、新聞4紙、テレビ、ラジオすべてのメディアで放送されます。悪いことはできません(笑)。
ダイハツボンシャンス飯田は、プロを目指す若者をフランスへ派遣をしています。
彼らは帰国すると真っ先に飯田に来るんです。
自分達が信じてやっていることを認めてくれ、いつも応援してくれている方に真っ先に会いたいんですよね。
地元の方は県外に出ている子供を見るかのように接し、食べ物の差し入れもよく頂き、秋には新米の米俵まで登場しました。
選手はここで張り詰めた気持ちを一度リセットし、再び戦いの場へ戻っていくという環境が整っています。
飯田には今の日本が失ってきている、お金では買えないもの大切なものがあります。

NEWジャージで心機一転、地元の声援に走りで応える!
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